スバル360

壊れても手放せない気持は、手をとるように理解できます。

【K−car】(9)壊れても手放せない「おもちゃ箱」

■軽の先駆者 スバル360(4)

 空と大地の境界線から伸びる道路を、小さい豆粒が向かってくる。ゼンマイをめいっぱい巻いたブリキのテントウ虫のようにテッテケテッテケと。

 つくばエクスプレス流山(ながれやま)セントラルパーク駅は、だだっ広い都市計画用地内にポツンと立ち、売店すらない。「ブロンロンロン、ブロロン」と、懐かしい2サイクルサウンドを響かせ、スバル360が止まった。目の前に来ても豆のままだ。

 ■のめり込んだ牧正彦さん

 前開きのドアが開いて、オーナーの牧正彦(まき・まさひこ)さん(47)が降りてきた。「子供のころはスバル360なんて嫌でしかたなかった」。日差しを受けてまぶしそうに顔をしかめながら「テントウ虫との腐れ縁」を語る様子は、昭和30年代の腕白(わんぱく)はな垂れ小僧がそのまま大きくなったような感じ。

 だが、スバル360ファンにとっては、知る人ぞ知る有名人。今では入手が難しい修理用の部品を自分で作ってしまうほどの“専門家”なのだ。

 最初の出会いは小学低学年のころ。父親が購入した1968年前期型。58年の発売当初は東京渡し価格が42万5000円で、当時の大卒初任給が1万2000円程度だったから、現在でいえばざっと700万円もして、一部の金持ちしか買えなかった。だが、その後10年の高度成長で所得は倍増したうえ、量産化で大幅に値下げされ、大衆車の中の大衆車になっていたからだ。「友達の家はすでに普通車のコロナやブルーバードだった」。

 ■部品を手作り

 ところがその後も、なぜかスバル車に乗ることが多かった。「いい加減にスバルは卒業したい」と93年の自宅建て替えに合わせ、あこがれのSUVハイラックス・サーフを買ったものの、結局は妻(39)の専用車になってしまった。

 そして「いつものクルマ屋から勧められたのが、またスバル360。店の横にあるのに気付かないほど小さくて、落ち葉にまみれ、ろくに動かなかった」。ボディーは全塗装に出し、エンジンや足回りなどは友達の助けを借り、自宅ガレージで深夜までいじり続け、8カ月がかりで再生(レストア)した。

 「この時からスバル360の世界、旧車の世界にのめり込んだ」。いろいろなクラブに入り、同好の士と付き合った。「スバル360に長年乗っている人というのは、1台じゃ収まらなくなる。3台、5台と持って、壊れても手放さない。好きで好きでしようがない、ってみんな言う。20台、30台と持ってる人も、全国に10人はいる。私みたいに1台しか持っていないのは珍しい」

 とはいえ、今のスバル360は2台目。95年の秋、知り合いから購入を持ちかけられた。父親が最初に買ったのと同じ68年前期型。「30万円の言い値に対して、10万円なら…といったら、それでいいというので思わず買った。動いたけど、1台目同様に完璧(かんぺき)に直した。1年半かかった」

 スバル360の部品は、ごく一部は富士重工にストックがある場合もあるが、ほとんどは今や入手不可能。そこでマニアや専門業者が“手作り”することになる。牧さんもこの時、独自の部品作りのノウハウを身に付けた。窓ガラスのウェザーストラップやエンジンのガスケット、ガソリンキャップ、オイルポンプ…。希望者には販売もしているほどだ。

 ■熱烈なテントウ虫ファン

 この2代目の愛車を3年前、サーキットで2回転半して大破させてしまった。それでも、別の廃車になっていたスバル360のボディーを切り取っては、修復不能部分に溶接でつなぎ合わせるなど、総額100万円をかけて復元した。「壊れたからといって、クルマを消費する、使い捨てにすることはしたくなかった」。

 こうして知り尽くしたスバル360。「今の水準からみると、よくこんな構造で走ってたなと驚く。でも、しっかり走るのは不思議。やはり、よくできている。いじったり、走らせたりするのが楽しくて仕方ない。スバル360は私のおもちゃ箱。将棋好きの人が、いつも頭のどこかで将棋を考えているように、私もいつもスバル360のことが頭のどこかにある」と言う。

 駅からクルマで5分ほどの自宅には父(77)、母(72)、妻、中学2年のまな娘、彩音さん(13)、そしてネコ3匹と暮らす。スバル360は4匹目のペットといった感じ。彩音さんも「きらいじゃない」と、やさしそうに見つめる。

 このスバル360で街中を走ると、そこここで人々が振り返り、止まっていれば「なんていうクルマですか」「テントウ虫か、懐かしいねぇ」などと話しかけられる。

 こんなスバル360は牧さんの推計では、走行可能なものが今も全国に700〜800台あり、不動車を含めると2000台前後は現存する。この小さな名車たちが、全国にいるざっと500人の熱烈なテントウ虫ファンを、牧さんに負けず劣らず夢中にさせているのだ。(文化部次長)

広い駅前広場に愛車のスバル360で乗り付けたオーナーの牧正彦さん

白い車体に赤い屋根の愛車は、エンジンなども手を入れている=いずれもつくばエクスプレス流山セントラルパーク駅前

スバル360は娘の彩音さんにとってもペットのような存在=千葉県流山市の自宅ガレージ


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